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ものづくりの原点


第2回

素材を常に先取り [協和精工]

鈴木耕一社長

鈴木耕一社長

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工具製造に主力を転換

協和精工(秋田県雄勝郡羽後町、0183-62-4566)は工具メーカーに勤務していた鈴木耕一社長が1963年、20歳の時に東京・小岩で独立創業したのが始まり。腕時計側の加工が主体だったが、翌年、リューズ穴の加工用の段付きドリルを独自に開発し、加工時間の短縮や精度を飛躍的に高めた。

段付きドリルが工具製造のスタートとなるものの、自社内で使うものや他社から頼まれて製作する程度。73年に秋田県湯沢市に、83年に羽後町に工場(現本社工場)を新設した際も、主力は腕時計側の製造だった。

90年にボールエンドミルを開発、本格的に切削工具を生産することになるが、「それまではドリルの材質はハイス材(高速度鋼)を使用していた。だが、これからはより刃先の硬い超硬工具の時代になる」として、それより数年前から超硬の研究を重ねていた。

中京地区の専門機械メーカーと共同で、超硬を同時3軸加工する方法を開発し、刃先の形状もS字型にして切れ味を向上する工夫をした、超硬ボールエンドミルは徐々に業界に知られるようになったが、主体はOEM(相手先ブランド)生産で、ドリルも特殊な注文品を製造していた。それでも思い切って、2000年にはエンドミルを自社ブランド「KYOWA」で販売を始めた。「OEM生産で一定の評価を得ていたし、工具問屋などからは小径ものが得意で、品質も高い」との評判をもらっていたためで、工具メーカーとして大きく踏み出したのはこのころだ。

業界初のcBN小径工具を開発

だが、「協和精工」の名を業界に大きく知らしめたのは、02年に開発、同7月に販売を始めた立方晶窒化ホウ素(cBN)小径工具「アタックスミス」(登録商標)だ。cBM工具はそれまで太径のものはあったが、刃径が1ミリメートル以下を含めた小径工具としてラインアップしたのは業界では初めて。

常に工夫し続ける工具製造工場

常に工夫し続ける工具製造工場

鈴木社長は「cBNはダイヤモンドに次ぐ硬さがあり、耐摩耗・耐振動・耐温度をクリアできる素材で、高速切削や直彫り加工の実現で加工時間の短縮、ドライ加工が可能になるため、超硬にとって代わる」と見込んでいた。

開発の2年ほど前からcBNの研究は進めていたが、加工方法が難しいため、東京電機大学や秋田県工業技術センターと共同で研究を進め、製品化に取り組んだ。これによって小径のボールエンドミル30サイズとコーナーR付きエンドミル50サイズのアタックスミスを販売した。

cBN工具進出に当たっては、「砥石(といし)は別として、現有の設備でできたのが大きな要因。工具に携わる意欲的な技能者が多く居るし、常に機械や砥石のメンテナンスを欠かさないのが強み。大手メーカーではこうはできないだろう」と語る。

翌03年には秋田県工業技術センターと共同で、cBN小径工具の刃先を滑らかに仕上げ、摩耗しにくくする「電界砥粒制御技術」(特許出願中)の開発により、超硬工具の2倍以上の切削速度と5倍以上の長寿命を実現した。

この10月からはシャンク径を従来の6ミリから4ミリにして高速マシンや微細加工マシンに対応するとともに、刃の有効長も3倍にしてユーザーの要望に応えたcBN小径工具の新シリーズも投入した。「今後は大手に対抗するためにも短納期化に力を入れ、先陣メーカーとしてcBN工具の拡大を目指す」としている。

強い意志と生産の工夫

常に次の世代の素材の追求とたゆまぬ研究、製造現場では生産の工夫と機械や工具のメンテナンスを怠らないことが特徴。cBN小径工具の開発において、大学や公設研究機関に積極的にも働きかけ、開発にこぎ着けたのは製品化するという強い意志と粘り強さにある。大手ではまねできないことであるし、自社製品を持たない秋田県内企業にとっても模範になる。刃径が1ミリメートル以下のcBN小径工具のシリーズ化で業界をアッといわせたが、発売後4年で新シリーズを出すなど、先行メーカーとして努力も惜しまない。


掲載日:2006年10月24日

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