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飲食品でヒット商品をつくる


「あの人気商品はこうして開発された」
「あずきバー」―加えられたのは“歴史という名の調味料”
1963年に井村屋はアイスクリーム市場に参入した。だが、そこは大手乳製品メーカーの牙城。なかなか切り崩せずにいた。同市場で他社に負けない商品とは何か-。井村屋は1896年(明治29年)に井村和蔵氏が立ち上げた「井村屋」を前身とする。明治期から蓄積してきたあずきを加工するノウハウが同社にはあった。

今年発売40周年を迎えた井村屋の氷菓「あずきバー」。存在感のあるあずきに加え、しっかりした歯ごたえと甘すぎない後味の良さが人気を呼び、2010年には年間2億5800万本の販売を記録した。73年に発売したあずきバーの原材料はあずきと砂糖、水あめなどのシンプルな設計。時代のし好変化に合わせて甘さの微調整はしているが、設計に大きな変化はないという。にもかかわらず、同商品は現在「売上高構成比で約20%を占める」(井村屋グループの岩本康経営戦略部グループ事業戦略チーム長)までになった。可能にしたのは、明治期から和菓子をつくり続け蓄積された“歴史という名の調味料”だった。

アイスクリーム市場に参入したものの…

他社に負けない技術として明治期から培ってきたあずきの加工ノウハウがあった

他社に負けない技術として明治期から培ってきたあずきの加工ノウハウがあった

井村屋は1896年(明治29年)に井村和蔵氏が立ち上げた「井村屋」を前身にする。羊かんなどの和菓子を製造販売していた。戦後の1947年に株式会社井村屋を設立。引き続き羊かんや、ゆであずきなどの和菓子を手がけてきた。1963年にはアイスクリーム事業に進出。アイス最中、氷金時バーなどのアイス商品を発売していった。

しかし、アイスクリーム市場に参入したものの、そこは大手乳製品メーカーの牙城。1960年には協同乳業の「ホームランバー」がヒットするなど他社が圧倒し、原料調達コストや生産性などの点でバニラ系アイスクリーム市場に食い込むには困難がともなった。

太刀打ちできるアイス商品を開発するために他社に負けない技術を抽出すると、井村屋には創業の明治期から蓄積してきたあずきを加工するノウハウがあった。「創業から和菓子を生業(なりわい)にしてきた。あずきを柔らかく炊く技術は他社より秀でている」(岩本康グループ事業戦略チーム長)と、自社の強みに胸を張る。

あずきを使う商品の開発に着手したのは1972年ころ。特色のある商品にするため、乳製品を使わない設計にした。

明治期から引き継がれる技術があればこそ

あずきバー1本には約100個のあずきが使われている

あずきバー1本には約100個のあずきが使われている

あずきを炊くには数多くの手間とノウハウが必要になる。前日からあずきを水に浸し、煮出すとあくを抜くために水を交換する工程が何度も繰り返される。それだけでなく「あずきは農作物のため、それぞれにバラつきがある。豆の状態を見ながら、火の強さや圧力、炊き時間、砂糖を投入するタイミングを調整する必要がある」(岩本康グループ事業戦略チーム長)という。

中でも一番難しいのが砂糖を入れるタイミングだ。煮えたあずきに砂糖を入れると、浸透圧で豆の水分が煮汁に出てきてしまい、現状より柔らかくならない。「それ以上炊いてしまうと、あずきが割れて中のあんが出てしまうほど、豆の柔らかさがギリギリの状態で砂糖を入れる必要がある」(同)。タイミングを見計らうには職人技のような長年の経験が求められる。欠くことのできない知識とノウハウ、一連の工程をライン化する土台が明治期から和菓子をつくり続けてきた井村屋にはあった。

井村屋がこだわったあずきを柔らかく炊く技術は、あずきバーに含まれるあずき粒量に反映されている。1本のあずきバーには約100個のあずきが使われている。「粒を残すように大事に炊いているからこそ」(同)と自信を見せる。

まんべんなくあずきが行き渡るように

1973年に発売された当時の「30円あずきバー」。均等にあずきが散りばめられた

1973年に発売された当時の「30円あずきバー」。均等にあずきが散りばめられた

こだわったのはあずきを柔らかく炊く技術だけではない。あずきバーを見ると、中に入った粒が均等に散りばめられていることが分かる。原液をそのまま凍らせると当然、比重の重いあずきの粒は沈殿してしまう。これを防ぐため、井村屋は原液をかき混ぜながら凍らせる製法を採っている。

また、原材料はあずきと砂糖、水あめなどのシンプルな設計だからこそ味つけで手を抜くと、丁寧に炊いたあずきが台無しになってしまう。そのため、砂糖の甘さが過敏に引き立たないように「甘さが後に残らず、もう一本食べたくなるような飽きのこない味」(商品営業部冷菓・加温営業チームの川嶋康之課長)を追求した。

商品名は素材感をダイレクトに訴求できるように「あずきバー」に決定。1973年に「30円あずきバー」として発売された。

あずきバーに限らず、一般向けアイスクリーム製品は家庭用冷蔵庫の普及とともに、売り上げを伸ばしていった。家庭電気文化会によると、1965年に冷蔵庫の普及率は50%を超え、76年には100%となった。

家庭での冷蔵庫の普及にあわせ、井村屋は79年に箱入りタイプの「BOXあずきバー」を発売。着実に売り上げを伸ばし、10年には過去最高の年間2億5800万本の販売を記録した。

2006年と11年には、効率的に凍らせることができる食品機械「バーサライン」を導入。冷却液を金型に直接吹きかけるため、従来では凍結に12分ほどかかっていたのを7分に短縮できるようになった。夏場の需要期に安定供給できるようになり「06年度は前年度比10%増の売り上げとなった」(岩本康グループ事業戦略チーム長)という。2013年1月には「あずきバー」が商標登録された。

世代間で受け継がれるための取り組み

「世代間で受け継がれるような活動を行っていく」と意気込む、井村屋グループの岩本康経営戦略部グループ事業戦略チーム長(左)と井村屋の川嶋康之商品営業部冷菓・加温営業チーム課長

「世代間で受け継がれるような活動を行っていく」と意気込む、井村屋グループの岩本康経営戦略部グループ事業戦略チーム長(左)と井村屋の川嶋康之商品営業部冷菓・加温営業チーム課長

あずきバーは今年、発売40周年を迎えた。現在の購買層のメーンは「40-50代の主婦」(商品営業部冷菓・加温営業チームの川嶋康之課長)という。「F1層」と言われる20-34歳の女性までターゲットを拡大させるために、井村屋は今年度さまざまな販売促進活動を行い需要喚起に努めている。発売40周年を記念し6月にはTVCMタレントの田畑智子さんと浅田剛夫会長が特設会場でトークセッションを行い、あずきバーを4000本無料で配布するイベントを行った。

また「BOXあずきバーシリーズ」でさまざまな商品が当たるキャンペーンを、「あずきバー65ml」では初めて、当たりつきスティックを取り入れたキャンペーンを実施している。さらに人気歌手グループ「ゆず」の北川悠仁さんがあずきバーを昔から好んで食べていたことがラジオ番組で紹介されると、スーパーバイザーに任命し話題性を持たせる活動を行っている。

F1層は後に母親になる年代。井村屋は、あずきという日本文化と関係の深い素材を使ったあずきバーが世代間で受け継がれるような取り組みを加速させていく。

企業データ
井村屋株式会社
代表取締役社長:前山健
所在地:三重県津市高茶屋7-1-1
掲載日:2013年9月 4日


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