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飲食品でヒット商品をつくる


「あの人気商品はこうして開発された」
「味・塩こしょう」―汗を流しリヤカーで売り歩いた日々が実を結ぶ
ダイショー創業者の金澤俊輔氏は、1960年ころ福岡市内で妻と小さな焼き肉店を営んでいた。同店で出していた焼きの肉タレが人気となり外販を開始。ただ、販売ルートがなかったため、金澤氏は自家製タレを瓶につめてリヤカーを押して販売していた。いつものように商店街を通りかかったとき、ある光景に引きつけられた。

さっと振れば味が決まる万能調味料―。ダイショーの「味・塩こしょう」は、日本初の塩とこしょうをブレンドした調合調味料として1968年に発売された。「ひと振り3役」のキャッチフレーズから分かる通り、料理に振りかけるだけで下味付けや仕上げができ、その手軽さから家庭の台所に置かれる定番商品になっている。塩とこしょう、アミノ酸などの調味料を混ぜ合わせるシンプルな商品設計だが、それまで誰も思いつかなかったところに商機があった。商機は誰にでも見つけられるものではない。気づかなければ通り過ぎてしまう。商機を探しアンテナを張っていたダイショー創業者の故・金澤俊輔氏だからこそ、商店街でのある一場面が目にとまった。

リヤカーで焼き肉のタレを売り歩く

「味・塩こしょう」生みの親でダイショー創業者の故・金澤俊輔氏

「味・塩こしょう」生みの親でダイショー創業者の故・金澤俊輔氏

後に大昌食品(現ダイショー、94年に社名変更)を創業することになる金澤俊輔氏は、1960年ころから福岡市内で「大昌園(だいしょうえん)」という小さな焼き肉店を妻と二人で営んでいた。同店で出していた自家製の焼き肉のタレが近所で評判になり、来店者から「分けてくれないか」と言われるようになった。

「お客様から欲しいと言われるタレ。これは商売になるのではないか」と考えた金澤氏は、自慢の自家製焼き肉のタレを瓶につめてリヤカーを押して販売を始めた。商社や食品スーパーに納入して売り先を広げようと思ったが、名もない焼き肉店のタレに見向きする企業はほとんどなく「商店街の精肉店を一軒一軒、売りまわる地道な営業をしていた」(ダイショー)という。

精肉店をヒントにひらめいた商品構想

ダイショーの前身となる大昌食品の当時の社屋

ダイショーの前身となる大昌食品の当時の社屋

いつものように商店街に足を運び焼き肉のタレの売り込みをしていると、ある光景が金澤氏の目に飛び込んできた。商店街の精肉店は生肉類を売るだけでなく、それらを使ったとんかつやコロッケなどの惣菜も販売している。惣菜をつくる店主を見ると、塩とこしょうを別々に肉に振りかけ下味を付けていた。「別々に振りかけるなんて効率が悪い。一緒にできたらいいのに」―。この言葉が頭をよぎった瞬間、商品構想がひらめいた。 精肉店の光景が目に留まったのは偶然ではなかった。66年に大昌園で出していたタレを引き継いで開発された焼き肉のタレ「焼肉一番」を製造販売する大昌食品を興していた金澤氏は旺盛(おうせい)な事業意欲の塊(かたまり)であった。“次の武器”をつくるために、アンテナを張り商品の種を探し出す日々を過ごしていた金澤氏だったからこそ、光った光景だった。

金澤氏は会社に帰ると、さっそく塩とこしょうを一緒に振り出せる調合調味料の試作に着手。素材を混ぜ合わせるだけの単純な商品、簡単に完成すると思っていた。だが、当初の目論見(もくろみ)はすぐに崩れ去った。

最後のひと振りまで同じ味になるように

数えきれなないほどの試作を繰り返し発売された「味・塩こしょう」

数えきれなないほどの試作を繰り返し発売された「味・塩こしょう」

既存商品は市場になく真似(まね)をすることはできない。しかも、当時は現在のような科学的なアプローチ手法や研究施設があるわけではない。「金澤自身の舌と感覚で求める味を探していた」(ダイショー)。とんかつに振りかけ試食してみては「これはしょっぱい、これはこしょう辛い」と場合分けして、何度も試した。ひたすら実験を繰り返した結果、やっと「これだという素材の黄金比率を見つけ出した」(同)という。

塩やこしょう、うま味成分の化学調味料の素材の配合については、納得のいく比率を見つけることができた。ただ、問題がもう一つあった。出来上がった調合調味料を料理に振りかけてみたが、使うたびに味にバラつきが出てしまった。使い切る最後まで同じ味にならなくては商品として成立しない。

味が均等にならない原因を追及すると、素材の大きさが均一でないことに行き当たった。粒の形状が異なっていたため、出てくる素材のバランスが振るたびに違っていたのだ。これについては、マイクロメートル単位(マイクロは100万分の1)までこだわった微粒子に各素材を加工することで対応、最後まで均等な味になるように改良することができた。品質の問題は他にもあった。例えば、当初は一般的な食塩を使用していたため、商品が固まったり、穀類につく虫にも悩まされたりした。それでも、このような課題をひとつひとつ解決しながら、グレードアップにつなげた。

素材の比率や味の均一性に苦労し、さまざまな改良がほどこされた

素材の比率や味の均一性に苦労し、さまざまな改良がほどこされた

素材感をダイレクトに訴求するために商品名を「味・塩こしょう」にして、68年5月に発売されたのだが、福岡市周辺から発売を始めると味のバランスの良さと手軽さからすぐに評判が上がり、翌年には販売ルートを持っていなかった食品スーパーなどの小売店にも納入開始、一般消費者向けに販売するようになった。それまで精肉店などの業務用販売ルートがほとんどだったため「味・塩こしょう」の内容量は250グラムで、市販された時も同様の容量だった。一般家庭用としては多いようにも感じるが「下味付けとしてだけでなく、サラダに振りかけても使える商品。利用の幅は多い。また、お得感を演出することもできた」(同)と分析する。70年には名古屋地区に支店を設け中部地区に進出したのに続き、73年には大阪、74年に仙台、75年には東京進出を果たした。

真摯に消費者の声を聞き商品改良

調合調味料商品で獲得した信頼を基礎に新しいステージに突入するダイショー

調合調味料商品で獲得した信頼を基礎に新しいステージに突入するダイショー

全国区の商品になった「味・塩こしょう」。その後、類似商品が発売され、塩とこしょうをブレンドした調合調味料の先駆けとなった。発売から45年のロングセラー商品となっている。

消費者からの支持を得続けている裏には、日々の改良がある。家庭の台所に置かれることが多い商品のため、湿気などの問題から容器の穴に塩やこしょうなどの素材がつまり振り出しにくくなったり、容器のふたが閉まりにくくなったりする不具合の声が消費者からあがった。すると、穴の配置や大きさなどを改善し消費者の使いやすさを追求した。「今でも最後まで均等に振り出せる素材の設計や、使いやすい容器の開発など数えきれないほどの改良を繰り返している」(ダイショー)という。

また、こしょうには生産工程上、土壌の混入が避けられず細菌が混入する恐れがあるため、蒸気殺菌法でこしょうの菌数を減らしている。消費者の声に真摯(しんし)に耳を傾け、安全・安心という消費者視点で商品を開発してきたダイショー。今後は調合調味料商品で築いた信頼を基礎に、お湯を入れるだけで食べられる簡便な商品群を増やし、消費者ニーズに応えていく。

企業データ
株式会社ダイショー
代表取締役社長:松本洋助
福岡県福岡市東区松田1-11-17
掲載日:2013年7月 3日


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