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飲食品でヒット商品をつくる


「あの人気商品はこうして開発された」
「モスバーガー」―食べ物屋である以上、食品の味で勝負しよう
1972年の発売以来、不動の人気を誇る「モスバーガー」は、日本人がつくった日本生まれのハンバーガーだ。この商品を開発したのは、食品開発については素人だったというモスフードサービス創業者の櫻田慧氏。こだわったのは、日本人の舌に合う日本人のためのハンバーガーづくりだった。

日本生まれのハンバーガーチェーンだからこそ、日本人の味覚を大切にした食品を提供したい―。豚と牛肉のあいびき肉(パティ)と特製ミートソース、フレッシュトマトをこだわりのパン(バンズ)でサンドした「モスバーガー」。1972年の発売以来、不動の人気ナンバーワン商品となっている。太田恒有商品開発部商品開発グループリーダーは「モスバーガーを超えるために新商品を開発している。知れば知るほどよい商品」と舌を巻くほどだ。だが、商品企画のプロをうならせるモスバーガーを開発したのは、ハンバーガーのプロではなく、日興証券(現SMBC日興証券)を退社し脱サラしてモスフードサービスを創業した櫻田慧氏だった。こだわったのは、日本人の舌に合う日本人のためのハンバーガーづくりにあった。

日本生まれのハンバーガー

ハンバーガーチェーン「モスバーガー」を展開するモスフードサービスが産声を上げたのは、東京都板橋区に1号店となる成増店をオープンさせた1972年。ハンバーガー自体が米国の食品で、最大手のマクドナルドが外国資本であることから、モスバーガーも外国生まれのチェーンと思われがちだが、今年で創業40年となる日本生まれのハンバーガーチェーンだ。一日の平均来店客数は29万人、年間では累計1億645万人が利用する(国内モスバーガー、同社調べ)。ハンバーガーチェーンで国内売上高2位に成長した。


モスフードサービス創業者の櫻田慧氏(右)

モスフードサービス創業者の櫻田慧氏(右)

創業者の櫻田慧氏がハンバーガーと出会ったのは、日興証券時代の1962年7月に米国に赴任したときだった。米国の食事に慣れない中、トミーズというハンバーガーチェーンにふと立ち寄ると、そこで出されたハンバーガーの味に魅了された。
 独立意欲が強かった櫻田慧氏は、1965年7月に日興証券を退社。皮革製品の販売業をはじめたが、業績は思うように伸びなかった。新しい事業を模索していたときに思い出したのが、アメリカで食べたハンバーガーの味だった。1971年にマクドナルドが東京・銀座に日本進出第1号店を出店。「アメリカ赴任時代より、これからはハンバーガーの時代が来ると直感した」(森野美奈子社長室広報IRグループリーダー)。
 ハンバーガー店を出すことを決めた櫻田慧氏は、強烈な印象が残っていたトミーズのハンバーガーを手本にしようと渡米し「1週間程度トミーズで働かせてもらった。そこで味つけや、仕込みの方法、商売のノウハウを吸収した」(同)。日本に帰国した櫻田慧氏は商品開発に着手。ただ、単にトミーズと同じ味を再現するだけならトミーズと提携すれば済む。日本人がつくる日本生まれのハンバーガーであることが必要だった。

トミーズのハンバーガーにはピリ辛のチリソースが使われていた。同ソースをそのまま使っても、うま味や甘味を重視する日本人の舌には合わないと思った櫻田氏は、うま味のある濃厚なミートソースを用いることにした。また、ミートソースはトマトを原材料にしているため、相性のいいフレッシュトマトをトッピングにすることを思いついた。
 櫻田慧氏の実家は、岩手県大船渡市の料亭だったこともあり「小さなころから味には敏感だった」(同)が、食品開発については素人。“ベロメーター”とも呼ばれた味の専門家でタミー食品工業の創業者である中島民雄氏とともに研究を重ねた。日本人に合うミートソースの味を追い求め、試作回数は100回を超えた。試作開始から180日後、櫻田慧氏が納得する甘味とうま味が両立したミートソースが完成した。


創業期の成増店(東京都板橋区)

創業期の成増店(東京都板橋区)

もうひとつの難関が、ハンバーガーの主役パティだった。牛肉100%を売りにするハンバーガーチェーンは多いが、あえて牛肉と豚肉のあいびき肉を使用することにした。「日本人になじみのあるのは豚肉。また、牛肉と豚肉のあいびき肉を使ったハンバーグを日本人は好んで食べていた。日本人の舌に合う肉は牛肉100%より、牛肉と豚肉のあいびき肉との判断があった」(太田商品開発グループリーダー)。
 しかし、この決断が乗り越えなくてはいけない壁を高くした。牛肉の比率を上げるとパサつき、逆に豚肉を多くすると臭みが強くなりバンズに臭いがうつってしまう。また、時間がたってもパティが硬くなりにくい牛肉と豚肉の割合を追い求め刻苦した。何度も試作を重ねた結果、パサつかず臭みもない牛肉と豚肉の配合比率を探し当てた。

1972年3月に東武東上線(東京)の成増駅前に実験店を出店。手応えを感じると、同年6月に第1号店となる成増店(東京都板橋区)をオープンさせた。同店舗の大きさは約9平方メートルで、店内にはカウンター席が5つだけだった。

受け継がれるモスのDNA

新鮮な食品を食べてもらうために、作り置きせず注文を受けてから調理する

新鮮な食品を食べてもらうために、作り置きせず注文を受けてから調理する

ファストフード店では通常、野菜などは工場で加工して店舗に納めることが多いが、モスバーガーではトマトやレタス、キャベツなどの野菜を丸ごと一個店舗に届けている。ときには泥がついたままの野菜もあるほどだ。「モスフードサービスには“医食同源”の考え方が脈々と受け継がれている。できるだけ新鮮な食品を食べてもらいたいとの思いから、キッチンで仕込みをするようにしている」(太田商品開発グループリーダー)。
 効率を求めるファストフード業界に逆行するようなシステムだが、「お客さまの安全・安心・健康のためには、面倒なこともあえて実行していくのがモスのDNA」(同)。創業当初から、作り置きせず注文を受けてから調理するアフターオーダー制や、1997年から行っている全国約3100件の協力農家からトレーサビリティーの取れた野菜を供給する体制整備もその一貫だ。

FCオーナーとともに

モスバーガー店舗はフランチャイズチェーン(FC)制をとっている。創業から9年目となる1979年1月には国内100店舗(直営店と加盟店の合計)に、1986年12月には同500店舗に到達、1991年3月には同1000店舗を達成した。現在は1378店舗(2012年9月末現在)となっている。
 潤沢な資本がなかったモスフードサービスは、出店方法で知恵を絞った。繁華街や駅前などの一等地への出店を避け、基本的に駅から歩いて10分程度かかる二、三等地に出店する戦略をとっている。「一本裏の土地に出店して投資を抑えている。本当においしいハンバーガーを提供すれば、お客さまは足を運んでくれるはず。店舗をきらびやかに飾るより、その分食材にお金をかけよう。食べ物屋である以上、食品の味で勝負しようという創業者・櫻田慧の経営哲学がある」(太田商品開発グループリーダー)という。この戦略は現在にも受け継がれている。店舗の大きさもFCオーナーの管理が行き届きやすいようにと、都市型店舗で約82-165平方メートルの大きさにしている。

「モスバーガーを超えるために新商品を開発している」という太田恒有さん

「モスバーガーを超えるために新商品を開発している」という太田恒有さん

多くの加盟店を抱えるようになったが、モスフードサービスには「加盟店を縛るような厳しいマニュアルはなく、最低限の決まり事しかない」(同)。そればかりでなく、1980年9月にはFCオーナーの9割が加盟する任意団体「共栄会」の発足を承認した。FCでは本部との対立の火種になりかねない任意団体を敬遠する傾向がある。しかし「櫻田慧は『私たちが信頼して加盟してもらった人たち。対立する人たちではなくシナジー効果を生む人たちだ。信じなさい』と言っていた。何も心配することはない」(森野広報IRグループリーダー)と胸を張る。

モスフードサービスの「MOS」は、MOUNTAIN、OCEAN、SUNの頭文字をとったものだ。山のように気高く堂々と、海のように深く広い心で、太陽のように燃える尽きることのない情熱を持つという意味がある。今後もFCオーナーと二人三脚で「MOS」を実践し、日本生まれのハンバーガーを進化させていく。

企業データ
株式会社モスフードサービス
代表取締役社長:櫻田厚
東京都品川区大崎2-1-1 ThinkPark Tower 4階
掲載日:2012年11月 7日


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