本文とサイドメニューへジャンプするためのナビゲーションスキップです。

スタートアップガイド

J-Net21 中小企業ビジネス支援サイト

  • J-Net21とは
  • スタートアップガイド
中小機構
  • メルマガ登録
  • RSS一覧
  • お問い合わせ

HOME > 製品・技術を開発する > 飲食品でヒット商品をつくる

飲食品でヒット商品をつくる


「あの人気商品はこうして開発された」
「ブルドックソース(ウスターソース)」―創業者の精神力が生んだジャパンオリジナルの味
日本でウスターソースの代名詞となっているブルドックソース。しかし、創業当初はソース製造のノウハウはなかった。日本人の好みに合う味を作り出すため、創業者自ら洋食店を食べ歩き舌に味を覚え込ませ、調理師に作り方を聞き回る日々が続いた。

日本でウスターソースの代名詞となっているブルドックソース。1905年に同ソースを発売した三澤屋商店(現ブルドックソース、1902年創業)の当初の事業は、和洋酒や缶詰などを取り扱う食品卸売業で、ソース製造のノウハウはなかった。野菜や果実を使った日本人の好みに合う味わいは、創業者の初代小島仲三郎氏が東京市(現在の東京都)にある洋食店を食べ歩き自らの舌に味を覚え込ませ、調理師に作り方を聞き回って額に汗した結果生まれた日本オリジナルの味だった。

食卓にソースを

食品卸売業を主軸としていた三澤屋商店がソース製造に乗り出したきっかけは、西洋料理が各家庭に浸透しはじめたこの時代に創業者・小島仲三郎氏がソース製造事業の将来性に着目したことからだった。

小島氏は三澤屋商店を創業する前に、食品卸売業に勤めていた。「食品の流通経路を学び、また人脈を増やしていった」(佐藤勝敏経営企画室経営企画総務グループリーダー)。ソースには野菜や果物、スパイスなど各種の原材料が必要となる。食品流通につくったパイプは役立った。

もっとも、食材が集まっても肝心の味付けについての知識は乏しかった。同業他社がおいそれと教えてくれるわけはない。小島氏は一人、繁華街に足を運び、洋食店に入っては味を覚え、調理師に教えてもらう日々を繰り返した。

昭和6年頃の八丁堀工場

昭和6年頃の八丁堀工場

ウスターソース発祥の地イギリスのソースは、塩気やスパイスが効いた味つけで、料理に風味をつけたり隠し味に使われたりするのが主流だ。ソースをキッチンだけで使う調味料ではなく、洋食の代表格であったカツレツやエビフライなどにかけて使う調味料としての用途を考えていた小島氏は、日本人の口に合うようにと、野菜や果実を使い、うま味と甘みを強調した独自の味に改良した。1905年、東京・日比谷河岸の八丁堀に小規模な工場を建設し、ウスターソースの製造供給を開始した。容器は現在のような四角のポリエチレンテレフタレート(PET)製ではなく、ビンや甕(かめ)を使った。当初は相手先ブランドでの製造(OEM)が多かったが、他のソースメーカーが自社製品を出し始めたことにより、自社ブランドでの販売にも乗り出した。ソース発祥の地イギリスのシンボル的な犬種であり、大正時代にペットとして人気があったブルドッグをトレードマークにした「ブルドックソース」を発売した。

ソース壜にラベルを貼り、包装紙で包み、外ラベルを貼る従業員。(昭和6年当時・八丁堀工場)

ソース壜にラベルを貼り、包装紙で包み、外ラベルを貼る従業員。(昭和6年当時・八丁堀工場)

1923年、自社ブランド商品が軌道に乗ってきた同社を関東大震災が襲った。震災で店舗と工場を失った。ゼロからのスタートとなったが「震災のさなか、ソースのレシピだけは持ち出せたと聞いている」(大中雅子経営企画室経営企画グループ主任)。唯一の救いだった。社員の猛烈な復興への意欲から、震災から3年後には震災前の生産水準に戻したという。「農家から分けてもらった希少なスパイスを、機械がないので、石臼を使って人力ですり潰した。野菜や果実などソースの原料は、ツテをたどってかき集めた」(同)ほどだ。1926年、社名を三澤屋商店からブルドックソース食品に変更した。

これまでは缶詰などの売上が大きかったが、ソースの販売専任者を置き、全国的にブルドックソースを販売するため、大阪・東海・東北地域に営業拠点を開設し、ソース事業に経営の舵を切った。

いつの時代も“おいしさ”追求

ボーアソースのポスター

ボーアソースのポスター

ブルドックソースには「変化する食生活にあった、おいしいソースを作ろうという姿勢がいつの時代にもある」(佐藤リーダー)。今以上の商品を世に出そうという開発姿勢が次のステップに結びつき、1936年に「厳選された食材と衛生管理の行き届いた工場で生産されたソース」と銘打ち、高級志向に対応した「シックソース」を商品化した。戦後の食材調達が難しい時期にも開発の手を緩めず、後の「とんかつソース」となる「ボーアソース」を1949年に投入。「砂糖すら入手しづらい時代に、どうやって甘みを出すかの試行錯誤があった。野菜や果物を多く使うことで甘みやうま味を引き出す研究を重ねて完成した商品」(大中主任)だった。

1957年、新製品の開発・研究に全力が傾注され、一合詰角型卓上壜を製品化、1959年には業務用の食堂用普及品「ナイスソース」を新発売した。次いで1960年、ウスターソースの最高級品「グローリーソース」を発売。ソース専業メーカーとして脱皮がはかられ、業界に底力を見せつけた。

受け継がれるフロンティア・スピリッツ

キッチンで調理に使えるソースとして開発された「うまソース」

キッチンで調理に使えるソースとして開発された「うまソース」

今年8月にブルドックソースが満を持して発売した商品がある。肉じゃがや煮付けなど和食の味付けもできる「うまソース」だ。

健康志向による揚げ物メニューの食卓出現頻度(TI値)減少や、複合調味料の広がりに伴い、ウスターソース類の市場は縮小傾向にあるという。一方で、30-40代主婦の間では、万能調味料や万能だれへの関心が高くなっていることが分かった。「うまソース」は、料理にかけて使えるだけでなく、キッチンで調理に使えるソースとして開発された。「食品メーカーは通常、半年のペースで新商品を発売するが、うまソースは2年余りの時間をかけて開発された商品」(大中主任)で、調理の工程によって「ソースの酸味が消えたり、甘みやスパイシー感が出たり、いろいろと変化する万能調味料に仕上げた」(同)。特に、牛肉、豚肉、鶏肉などの肉料理にはぴったりで、ハンバーグやしょうが焼き、鶏の照り焼きは「うまソース」を絡めて仕上げるだけで美味しく仕上がる。商品パッケージのシールに具体的な調理名とレシピが書かれ、使用方法を消費者に分かりやすく訴求できるように工夫もした。

経営企画室経営企画グループ主任の大中雅子さん

経営企画室経営企画グループ主任の大中雅子さん

ブルドックソースは今年創業110年となる。料理にかけて味わう伝統の味「ブルドックソース」の開発だけに終始する守りの姿勢ではなく、多様に移り変わる消費者ニーズを的確につかんだ商品を投入し、自ら市場を切り開くフロンティア精神が同社には脈々と受け継がれている。

企業データ
ブルドックソース株式会社
代表取締役社長:池田章子
東京都中央区日本橋兜町11-5
掲載日:2012年9月19日


このページの先頭へ