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飲食品でヒット商品をつくる


「あの人気商品はこうして開発された」
「ノザキのコンビーフ」-基本は変えず、守り続ける伝統の味
「ノザキのコンビーフ」といえば台形の缶詰と牛の絵柄がなじみ深いが、発売当初、コップ型のガラス瓶をブリキ製のふたで閉じた容器に入れられていたことはあまり知られていない。

「基本は変えない」―。周宣堂川商フーズ食品流通部長は1948年(昭23年)の国産コンビーフ発売以来、パイオニアとして国内トップシェアを守り抜いてきた秘訣(ひけつ)をこう語る。12年3月末時点での国内シェアは60%強。牛肉を100%使用した「ノザキのコンビーフ」と、20%以上の牛肉に約80%の馬肉を混ぜた「ニューコンミート」を合わせた累計販売数は8億7566個で、缶を横につなげると地球を一周半ほどするという。

伝統の食感を守り続ける

周宣堂部長が言う「基本」はコンビーフの製造工程にある。一般的にコンビーフは塩漬けした牛肉の塊を煮沸し、肉をほぐした後に調味料などを混ぜ合わせ缶詰にし、高温高圧で殺菌する工程をたどる。

ノザキのコンビーフは一連の過程こそ海外や他社製品と同じだが、こだわるのが肉の「ほぐし工程」だ。解凍した牛肉を加工しやすい大きさにカットする際に脂身や筋肉の膜、筋などを除去するだけでなく、煮沸後のほぐし工程で、より細かいすじや筋膜を人力で取り除いている。「人の手で行うので手間はかかるが、細かく選別することで溶けるような口当たりになり、日本人の嗜好(しこう)にあったコンビーフになる」(周宣堂部長)。健康志向が高まる現在では塩気を控えたり、油の配合量を減らしたりしてはいるが、「基本的な工程は変えない」(同)。コンビーフを日本で初めて発売した野崎産業と99年に合併した川鉄商事、後の川商フーズは、伝統の食感を守り続けている。

ガラス瓶に入った第一号コンビーフ

コップ型のガラス瓶とブリキ製の蓋でできた「アンカー瓶」

コップ型のガラス瓶とブリキ製の蓋でできた「アンカー瓶」

なじみのある台形の缶詰と牛の絵柄が描かれたパッケージ。発売以来、牛の絵は変わっていないが、当初のコンビーフはアンカー瓶と呼ばれるコップ型のガラス瓶をブリキ製のふたで閉じた容器に入れられていたことはあまり知られていない。第一号コンビーフが発売されたのは1948年。終戦直後で缶に使うスチールなどの素材が不足していたため、ガラス瓶で対応するしか方法がなかった。ただ、「ガラス瓶を加圧殺菌するには、専用に開発した金具で瓶の蓋を一つひとつ固定しなければならず、効率が悪く当時は苦労が多かったと聞いている」(同)という。

金属素材の調達が改善してくると、50年に念願の台形缶製のコンビーフが誕生した。同時に、付属の「巻き取り鍵」を使い、切り込みに沿って缶を開ける方法も日本で初めて取り入れられた。

1950年、国産コンビーフ(缶詰)の第一号が倉庫入りした

1950年、国産コンビーフ(缶詰)の第一号が倉庫入りした

缶が台形になっていることには理由がある。面積の大きい側から肉を詰め缶の中にある空気を抜くことで、肉の酸化を防ぎ保存性を高める効果があるためだ。台形の缶は1875年4月6日にアメリカで特許登録され、以来4月6日は「コンビーフの日」となっている。


消費者を飽きさせない工夫

日本国有鉄道(現JR東日本)の送電線鉄塔に設置された看板

日本国有鉄道(現JR東日本)の送電線鉄塔に設置された看板

牛肉を100%使用するノザキのコンビーフは、戦後すぐの日本人にはなじみがなく高級品のイメージが先行し、販売は伸び悩んだと思える。だが、実際は「米軍の払い下げ品にコンビーフがあり庶民でも存在は知っていた。また、多くの日本兵が捕虜生活のときに海外で食べていたため、市場への浸透は早かった」(同)。地方の食品卸売業に取り扱いを依頼に行くと、「戦後の食料難から栄養価の高い食品は歓迎された」(同)ほどだ。

原材料となる牛肉には、製造元の日東食品製造(現日東ベスト)の工場がある山形県や宮城県、岩手県などの東北地方の農耕牛を使用していた。当時は今でこそ自動化された肉のばらし作業や加工しやすい大きさにカットする工程も「平屋の工場に作業員が集まり、人力で行っていた」(同)という。缶詰めが初めて発売された1950年の初回出荷量は200ケースだったが、生産量が拡大すると国産牛だけでは間に合わず、安定した供給が見込めるオーストラリア産牛肉に変更した。

2011年に発売された「ノザキのコンビーフ イージーオープン缶」

2011年に発売された「ノザキのコンビーフ イージーオープン缶」

高度経済成長とともに食生活の欧米化が進んだことに加え、日本国有鉄道(現JR東日本)の送電線鉄塔に看板を設置するなど知名度向上策が奏功し、78年には年間販売量が最高の68万ケース(出荷ベース、ノザキのコンビーフとニューコンミートの合計)を記録した。

ただ近年では、流通網が発達し生肉を食べられる機会が増加したことや、健康志向の高まりから苦戦が続く。ロングセラー商品に付きまとうリスクは、消費者が商品に新鮮味を感じなくなってしまうことだ。

08年、落ち込みつつある需要を喚起するため、川商フーズは発売60周年にあわせ、ノザキのコンビーフをPRするサイトを製作。コンビーフを使ったレシピを掲載しているほか、動画を用いた調理法の紹介や、製品情報についての公開などに取り組んでいる。

食品流通部の周宣堂部長(右)と森田明常温食品グループ長(中)、業務管理部の齋藤光夫総務・システムグループ長(左)。コンビーフの、より美味しい食べ方の追求に余念がない。

食品流通部の周宣堂部長(右)と森田明常温食品グループ長(中)、業務管理部の齋藤光夫総務・システムグループ長(左)。コンビーフの、より美味しい食べ方の追求に余念がない。

11年9月には、開けやすいプルトップ型コンビーフ缶「ノザキのコンビーフ イージーオープン缶」を発売した。1回で使いきれる内容量75グラムで、調理せずにおつまみ感覚で食べられる手軽さを訴求する。また、缶が開きにくいと消費者から苦情が届くと、巻き取り鍵を挟むための線を2本から3本に変更し、巻き取りやすいように改良した。従来顧客の40代前後の主婦だけでなく、幅広い層にも食べてもらえるように商品のラインアップを拡充し、消費者を飽きさせない工夫をしている。それだけでなく、消費者ニーズに誠実に対応する姿勢が、老舗商品のブランド力をより高めている。

企業データ
川商フーズ株式会社
ノザキのコンビーフ
代表取締役社長 米田孝平
東京都千代田区内神田3丁目14番8号 ニシザワビル2階・3階
掲載日:2012年7月 4日


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