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飲食品でヒット商品をつくる


「あの人気商品はこうして開発された!」
1978年、東洋水産から「赤いきつねうどん」が発売された。和風カップめんの最強ブランドの1つに数えられる“赤いきつね”だが、発売当初はそのネーミングやパッケージが世間に与えたインパクトは賛否両論のようだった。その赤いきつね、実は開発段階では「赤」ではなかったのだが、なぜ、赤になったのか...。

1978年に発売された東洋水産の「赤いきつねうどん」と「緑のたぬき天そば」は和風カップめんで最強ブランドの1つといえる。いずれも30年超のロングセラー商品だ。

同社初の和風カップめん「カップきつねうどん」を発売したのが75年。その開発のきっかけは自社の強みである"だし"を活かしてカップめん市場へ参入することだった。というのも、東洋水産は53年に水産会社として出発したが、56年から魚肉ハム・ソーセージの製造を始め、69年には「だしの素」を発売。その得意のだしでカップめん市場に乗り込む。71年の「カップヌードル」(日清食品)を機に日本にカップめん市場が誕生していたが、そこに和風味の商品で勝負しようとカップきつねうどんを発売した。そして3年後の78年、世の話題をさらう「赤いきつね」を発売したのだ。

業界に先駆けてきつねうどんを発売

発売当初の「カップきつねうどん」。和風カップめんの先駆けだった

発売当初の「カップきつねうどん」。和風カップめんの先駆けだった

1975年、カップきつねうどんは2種の味で発売された。すなわち東日本向けの濃い口と西日本向けの薄口だ。また、容器も東日本は丼型、西日本はタテ型に分かれていた。

カップきつねうどんのインパクトは強く、それを証するよう直後から大手メーカーがこぞって参入してきた。さらに76年にカップめん最大手が参入すると市場は俄然と沸き立った。となればきつねうどんのカップ商品で先駆の同社としては事態を安穏と黙過するわけにはいかない。そこでめんやスープの改良に加え、油揚げも当初の刻んだ2枚から正方形の大きなものに替えた。そして大きくブランドを刷新して「赤いきつねうどん」(以下、赤いきつね)を78年に発売したのだ。

赤いきつねは発売と同時に爆発的ヒットを記録する。人気タレントの武田鉄矢を起用したテレビCMの効果も大きかったが、それにもまして消費者を刺激したのが「赤」だった。ブランドネームの「赤いきつね」に冠した赤、またパッケージの統一色である赤。これらの赤はまさに市場の虚を突き、消費者への訴求でも抜群の効果を発揮した。

「赤」ではなかった

1978年に発売された「赤いきつね」。ネーミングとパッケージの「赤」は当時としては衝撃的だった

1978年に発売された「赤いきつね」。ネーミングとパッケージの「赤」は当時としては衝撃的だった

ところで、赤いきつねのブランドネームとパッケージカラー、実は最初は赤ではなかった。試作の段階では温かいカップうどんのアツアツ感を表現するため、「熱いきつねうどん」がネーミングに予定されていた。また、パッケージカラーも赤色ではなく黄色だった。

しかし、熱気を帯びるカップきつねうどん市場に新商品を投入するには、もっとネーミングやパッケージカラーに特徴を出すべきではないか。社内では侃々諤々の議論が繰り返され、百案百出の結果としてたどり着いたのが「赤」だった。黄色よりまっ赤なパッケージのほうが売り場で目立つ。さらにパッケージが赤なら、いっそのことブランドネームも「熱い」ではなく「赤い」でいこう。パッケージ、ブランドネームとも赤へと議論が収斂されていった。

試作段階のパッケージは赤色だけでなく黄色もあり、ネーミングも当初は「「熱いきつねうどん」が予定されていた

試作段階のパッケージは赤色だけでなく黄色もあり、ネーミングも当初は「熱いきつねうどん」が予定されていた

いまとなっては赤いきつねのブランドネームも赤いパッケージも違和感がないが、当時の市場ではかなりのインパクトをもって迎えられた。「赤」と「きつね」にどんな関連性があるのか、と。が、開発側としては、「きつねと赤は多少なりとも縁がありまる。稲荷神社の鳥居は赤色であり、きつねの像に掛けられた前掛けも赤色ですから」(中山さん)と冷静に判断したふしもある。

また、当時は山口百恵さん主演のテレビドラマ「赤い迷路」「赤い疑惑」など「赤いシリーズ」が人気であり、「赤い」もしくは赤色に対して社会にも受け入れる素地が十分にあるとも推測していた。

とはいえ、70年代の食品に用いるには赤という言葉と色の衝撃は大きかった。それに対して中山さんは「ドラスチックな判断です。しかしブランド・エクイティの獲得としては、当時の企画責任者に先見の明がありました」と述懐する。

赤いきつねに続き80年には「緑のたぬきそば」(以下、緑のたぬき)を発売する。いまさらなんでたぬきが緑?といったヤボはいうまい。赤があるから緑もある。きつねがあれば、たぬきもある。赤の隣に緑があれば商品が映える。互いに補色関係で対になる。そんなノリもあってヒットした赤いきつねと緑のたぬきは、いまや東洋水産の基幹商品にまで押し上げられた。

1980年に「緑のたぬき」が発売される。赤色隣で互いに補色として商品が映えるよう、緑色パッケージに決まった

1980年に「緑のたぬき」が発売される。赤色隣で互いに補色として商品が映えるよう、緑色のパッケージに決まった

だしに見られる地域の嗜好性

もちろんブランドネームだけでヒット商品が誕生するわけではない。赤いきつねと緑のたぬきの最大の魅力は同社の自負するだしにある。発売当時、赤いきつねのつゆは東日本向けと西日本向けの2種だったが、2001年には関西向け、05年には北海道向けを加えて全4種の商品を展開している。中山さんはいう。

「だしにこだわりをもつがゆえの戦略です。よく知られるように、だしには地域性があり、そのニーズに対応しました。東日本向けがかつお節と昆布のだし、西日本と関西向けはかつお節、雑節、昆布、煮干し。そして北海道向けはかつお節と利尻昆布のだしを利かせています。赤いきつねが消費者に認知され、需要がさらに伸長していく中で、より地域性を強調する展開になりました。それは地域に根づいた商品を育成することが当社の方針でもあるからです」

一方、緑のたぬきは東日本、西日本、関西向けの全3種。もちろん赤いきつねのつゆとはまったく異なる味つけに設計している。

この両商品の売り上げ比率は赤いきつねがやや多いもののほぼ互角。そばは東日本、うどんなら関西、西日本というのが通り相場だが、赤いきつねと緑のたぬきに関しては地域の嗜好性もほとんどみられない。
 「九州では関東ほどにそばを食べることが一般的ではありませんが、緑のたぬきはよく売れています。同じようにそばどころの信州でも赤いきつねはよく食べられています」(中山さん)

だしについては地域の食文化が色濃く反映されているが、うどんやそばの嗜好については地域性にとらわれず、むしろカップめんという食スタイルに普遍性が確立されているのだろう。

黒い豚カレーうどん

  黒い豚カレーうどん

白い力もちうどん

  白い力もちうどん

あつあつ豚汁うどん

  あつあつ豚汁うどん


ロングセラー商品の常である技術改良も日進月歩で進められている。2010年には原料のかつお荒節粉を非加熱にしている。それまでは荒節粉を加熱殺菌してスープに封入していたが、製造環境の向上などで非加熱化が可能になり、それによってだしの芳醇な香りが出せるようになったという。これを強調するため、パッケージには「芳醇な香り上品な味わい 風味きわだつ荒節使用」を謳っている。

当然のことながら、めんの改良もたゆまず進められている。その技術内容は企業秘密とのことだが、うどん、そばともにのどごし、なめらかさ、さらにうどんはしっかりとした食感などを永遠の課題として追求しているという。

11年8月に発売された新しい赤いきつねと緑のたぬきでは、パッケージのふたに新たなメッセージ「だしにまじめ熟練の技」を書き入れた。発売30年超のロングセラー商品「赤いきつね」「緑のたぬき」がいまなお消費者の支持を得続けているのは、ひとえに「だし」にこだわってきたからという思いをメッセージにこめている。

和風だしの強みを活かし、東洋水産では赤いきつね、緑のたぬき以外にもカレーうどん、力もちうどん、豚汁うどんなど多彩な和風カップめん商品を揃えてきたが、11年11月には新商品「コロッケそば」を発売する。駅の立ち食いそばで人気のメニューだ。普遍性の確立された和風カップめんで新しいアイテムが世に問われる。

企業データ
東洋水産株式会社
代表取締役社長 堤 殷
東京都港区港南2-13-40
03-3458-5111
掲載日:2011年11月 9日


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