本文とサイドメニューへジャンプするためのナビゲーションスキップです。

スタートアップガイド

J-Net21 中小企業ビジネス支援サイト

  • J-Net21とは
  • スタートアップガイド
中小機構
  • メルマガ登録
  • RSS一覧
  • お問い合わせ

HOME > 製品・技術を開発する > 飲食品でヒット商品をつくる

飲食品でヒット商品をつくる


「あの人気商品はこうして開発された!」
「はちみつ黒酢ダイエット」-消費者の声に大ヒットへのヒントが隠されていた
1996年、「はちみつ黒酢ダイエット」が発売された。国内市場ではビネガードリンク(飲む酢)のパイオニア的商品だが、発売当初の評価は散々だった。なのに、なぜ酢で清涼飲料をつくったのか。それは消費者の生の声が後押しとなっていた。

日本の酢の歴史は西暦400年ころといわれ、三韓から酢の製法が伝わり堺でつくられ始めた。その酢は地名を取って「和泉酢」と称された(堺の名の由来は、摂津、河内、和泉の3国の「境」に街が発展したこととされる)。

そして豊臣秀吉の時代(1590年ころ)になると、堺の製酢業者が大阪に移って酢の生産を始めた。そのころから和泉酢には「玉廼井」(たまのい)という商標が用いられるようになった。

すし酢を粉末にしたというユニークなロングセラー商品「すしのこ」。1963年に発売された

すし酢を粉末にしたというユニークなロングセラー商品「すしのこ」。1963年に発売された

時代は下り1907(明治40)年、大阪府下5つの酢蔵(製酢業者)が集まって大阪造酢合名会社を創立した。現在のタマノイ酢の前身だ。

さらに18(大正7)年に大阪造酢は株式会社に改組し、63年にタマノ井酢に社名を変更する。そしてこの年、同社は世界で初めて酢の粉末化に成功し、「すしのこ」という後のロングセラー商品を発売した。各種粉末調味料が市場で急拡大していた当時、すし酢の粉末化は画期的な商品だった。

94年、同社は商号をタマノイ酢に変更し、併せて本格的に飲料業界に進出する。当時、同社はバブル経済の崩壊により厳しい経営を余儀なくされていた。そこで94年に社長に就任したばかりの播野勤氏が打ち出した経営秘策が清涼飲料品の開発だった。

それは20品目の新商品開発だった

当時の清涼飲料市場ではカルシウムやビタミンなど栄養素に特化した商品が多く発売され、消費者からも注目されていた。そこでタマノイ酢も「カルシウム600」など栄養素たっぷりの飲料品を市場に投入していたが、消費者からすんなりとは受け入れられなかった。

清涼飲料づくりでは後発メーカーの同社にとって、市場でシェアを取るのは思いのほか難しい。それもそのはず、一般的に清涼飲料市場は新商品が1000点に3点しか生き残れない激選区。同社も新商品を発売しては市場に定着できずに終売することを繰り返していた。

そして19品目の新商品の終売を迎えようというときだった。ある消費者から同社に1通の手紙が届いた。

「健康のためいつもお酢を飲んでいますが、毎回薄めるのは面倒くさいです」

「スーパー黒酢」は水などで割って飲む商品だが、それが面倒という消費者の声から「はちみつ黒酢ダイエット」の開発につながっていった

「スーパー黒酢」は水などで割って飲む商品だが、それが面倒という消費者の声から「はちみつ黒酢ダイエット」の開発につながっていった

そこには苦情がしたためられていた。そう、同社は飲む黒酢商品(「スーパー黒酢」)を販売しているが、飲むには水などで割らなければならない。それが件の消費者にとって面倒な作業だったのだ。

当時、酢を飲用するという行為は世間でほとんど知られていなかった。だたし、黒酢は原料(玄米)に多くの必須アミノ酸が含まれ、ダイエットや血圧を下げるなどの効能があるといわれ、古くから一部の人々によって飲用されていた。

そして、その一部の飲用者からの声に実は大きなヒントが隠されていた。そう、メーカー側は消費者が自由に黒酢を薄められるほうがいいと思いこんでいたが、実際はその逆だったのだ。なにもしないでそのまま飲めるほうがいい。それが消費者の生の声だった。

しかも、多くの清涼飲料品開発で苦渋をなめてきたが、自社のコア商品である黒酢を愛飲している消費者がすでにいる。なにも、流行のカルシウムやビタミンに走ることはない。自社の原点である黒酢から清涼飲料を展開していけばいいのだ。開発のベクトルは定まり、新しい清涼飲料の20品目のコンセプトは「薄めずに飲む黒酢飲料」に決まった。

わずか1週間で開発

96年、新商品の開発が始まった。その中心を担ったのは、なんと入社2年目の女性社員だった。薄めずに飲める黒酢。しかも飲みやすくて健康にいい。このコンセプトを商品に落とし込むため、黒酢の原液を割る液体に果汁を用いた。果汁はビタミン類を豊富に含み、さらに黒酢の酸っぱさをマスキングするのに適している。

まずグレープフルーツで割ってみた。が、グレープフルーツの酸味が強く出てすっぱさが残ってしまう。つぎにオレンジで割ってみたが、やはりしっくりこない。そのほかにも数十種類の果汁を試した結果、最適な果汁としてりんごの果汁を選んだ。

さらに新商品を飲みやすくするため、黒酢独特の酸っぱさやのどを通るときの軽い刺激をなくすために甘味を加えた。その甘味料としてはちみつを選んだ。これなら砂糖などに比べてカロリーを抑えられるため、コンセプトの1つである「健康にいい」にも適っている。

こうして薄めないで飲める黒酢飲料が完成した。商品名は「はちみつ黒酢ダイエット」。わずか1週間という超短期間での開発だった。

黒酢の効能を周知徹底する

1996年に発売された「はちみつ黒酢ダイエット」。国内ではビネガードリンクのパイオニア的商品だったが、発売当初の評価は散々だった

1996年に発売された「はちみつ黒酢ダイエット」。国内ではビネガードリンクのパイオニア的商品だったが、発売当初の評価は散々だった

1996年、「はちみつ黒酢ダイエット」が発売された。ビネガードリンク(飲む酢)のパイオニア的商品、それまでにない商品コンセプト・商品カテゴリー、それらの特徴に対して流通業界の反応はまずまずだった。また、社内の開発グループにもいけるという手応えがあった。

ところが、いざふたを開けてみると市場からの反応は予想とはかけ離れていた。なんとランキング雑誌では「まずいものランキング」で第1位に輝いてしまった。しかも、2回連続で1位を受賞してしまったのだ。さらには社外のみならず社内からも、「また、新商品が失敗して終売になってしまう」と冷ややかな反応がもれ始めた。自信をもって開発した20品目の新商品だったが、周囲からの評価はまさに四面楚歌に近かった。

そんな状況のとき、店頭販売に立っていた男性社員が1つのことに気がつく。調味効果は別にして、飲用の効果について消費者はほとんど知らない、と。件の男性社員は研究開発部門から営業担当に転じたばかりだったが、店頭で接した消費者から得た情報によって飲酢の効能が世間で認知されていないことを知る。

2007年からは中国、シンガポールではちみつ黒酢ダイエットが販売されている(写真のパッケージは中国で販売されるはちみつ黒酢ダイエット)

2007年からは中国、シンガポールではちみつ黒酢ダイエットが販売されている(写真のパッケージは中国で販売されるはちみつ黒酢ダイエット)

これでは勝負にならない。商品の大切な効能が知られていないのでは話にならない。もっと広く多くの消費者にはちみつ黒酢ダイエットの効能を知ってもらおう。そう決断した経営者は年間5億円を宣伝に費やした。そしてその効果があり、はちみつ黒酢ダイエットの効能がまたたく間に消費者に認知されていった。

1996年は黒酢ブームとなったが、その火付け役がはちみつ黒酢ダイエットだった。かつてのまずいものランキング1位が一転してブレイクしたのだった。

さらに、実際に飲んでみて健康に良いことを知ると、宣伝効果のつぎには口コミの効果が生まれた。その証拠に酢の飲用のきっかけとして最も多いのが「家族、友人に勧められて」(70%)だという。

2006年、はちみつ黒酢ダイエットは発売10年をもって累計6億本を突破した。また、07年には国内のみならず上海、香港、シンガポールでも販売が始まった。国内から世界へと黒酢の効能を伝えようとしている。

企業データ
タマノイ酢株式会社
代表取締役社長 播野 勤
大阪府堺市堺区車之町西1-1-32
TEL 072-238-1021
掲載日:2011年8月10日


このページの先頭へ