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デジ・ステーション


5分でわかる最新キーワード解説
部長の怒りも伝わる?「温熱感覚通信」

日々進歩するIT技術は、ともすると取り残されてしまいそうな勢いで進化の速度を高めています。そこでキーマンズネット編集部がお届けするのが「5分でわかる最新キーワード解説」。このコーナーを読めば、最新IT事情がスラスラ読み解けるようになることうけあい。忙しいアナタもサラっと読めてタメになる、そんなコーナーを目指します。今回のテーマは遠隔地に「温かさ」や「冷たさ」を双方向で伝え合う「温熱感覚通信」技術。2013年9月、慶應大学の桂研究室が世界で初めて「温度」と「熱流」を双方向で伝達できる技術の開発に成功しました。音声や映像に加え、私の温もりがネットワークを介してあなたに届けられる時代がやって来そうです……あ、いらないですか?

1.温熱感覚通信とは

図1 ガラス板へコーティングした試作品
図1 温熱通信の実験システム

キーボード両側にあるのが操作側と遠隔地側に見立てたペルチェ素子

資料提供:慶應大学

温かさや冷たさを、ネットワークを介して接続した遠隔地に双方向で伝え合う技術。実験システムでは、操作側と遠隔地側に見立てた2つの「ペルチェ素子」(関連するキーワードの項参照)を使い、一方の素子に指を当てて、他方の素子に冷たい金属などを乗せると、指先に冷たい感覚が伝わる。やがて指からの熱がモノに伝わるようにむこう側の金属が温まり、その様子が指先に伝わってくる。このように、遠隔地で起きている発熱や吸熱の現象を、ネットワークを介して正確にほぼリアルタイムに双方向で伝え合えるのがこの技術だ。

図2 温熱感覚を伝える「ペルチェ素子」
図2 温熱感覚を伝える「ペルチェ素子」

中央の褐色の小片。下は放熱板

資料提供:慶應大学

図3 操作側と遠隔地側の
双方向温熱感覚通信
図3 操作側と遠隔地側の双方向温熱感覚通信

指同士がお互いの体温を伝えている

資料提供:慶應大学


1-1.温熱感覚通信の技術とは

遠隔地間で人間活動や環境を再現する「臨場感」研究はこれまで音声や映像の領域で大きな進歩を遂げてきた。しかし触覚の領域ではまだまだ課題が多い。温熱感覚通信技術を開発した慶應大学の桂研究室では、さまざまな複合感覚情報伝達の研究を続けており、力覚や触覚を記録し再現できる「モーションコピー」技術(本コーナー2010年3月掲載:指でゴムボールをつかむ感覚などまで正確に再現できる仕組み)などを開発してきた。その次の挑戦が、触覚の一部として温かさや冷たさを遠隔地で再現する温熱感覚通信だった。これら技術を組み合わせれば、遠隔地間で握手をしたらその強さとともに温かさも同時に伝えることができる。遠隔医療に応用すれば、遠隔地にいる医師が在宅患者を触診し、発熱状況を含めた診断が行えるようになるかもしれない。

技術のポイント

人間の温熱感覚は、単に温度が相手に伝わればよいというものではない。温まっていく感覚や熱が奪われていく感覚を再現するためには、熱エネルギーの双方向でのやり取りが不可欠だ。これには単に温度だけではなく、熱流(単位時間あたりの温度の変化)を制御する必要がある。
 これまで温度だけ、あるいは熱流だけを伝送する仕組みについては研究されてきた。しかし温度と熱流の両方を同時に制御するアルゴリズムは存在しなかった。そのアルゴリズムを発明し、温度と熱流とを共通の尺度で制御可能にしたのが今回の発表の最大のポイントだ。

温度と熱流の両方を同時制御できるアルゴリズム開発の経緯

「新しいアルゴリズムの発明に至った基礎には、これまでのモータを使ったアクチュエータ開発の経験があります」と発明者の桂誠一郎准教授は語る。もともとモータによって遠隔地間で触覚を双方向で伝送することに成功していたため、その技術を温熱感覚の伝送にも応用できるのではないかという思いがあったのだと言う。「しかしモータの動きを伝える原理と、温熱感覚を伝える要素とがどう対応させられるかが問題で、およそ1年の間、研究室内で侃々諤々(かんかんがくがく)の議論を続けました」。
 やがて解決の糸口が見つかった。前出の「モーションコピー」技術では、力覚・触覚の「作用・反作用の法則」に基づく双方向性に着目し、制御アルゴリズムを開発していた。そのベースとなる物理法則を「熱エネルギー保存の法則」に置き換えれば、温熱感覚の伝送が可能なのではないかという結論に行き着いたのだ。「モータとの対比で言えば、動きに相当するのが温度、力に相当するのが熱流だと気づいたのです」と桂氏。これに気づいたあとは速かった。モータの動きと力の伝送アルゴリズムは既にある。これを応用して温度と熱流を一度に制御するための制御プログラムが出来上がった。
 温熱をセンシングし、かつ再現するための素子は市販されているペルチェ素子が利用できた。これを利用して、温度と熱流の情報をコンピュータで利用できる情報として取り出し、制御用プログラムで処理、統合されたデータとして遠隔地のシステムに伝送することが可能になった。遠隔地側システムでは伝送されたデータをもとに素子上で温度と熱流を再現する。この仕組みにより、一方では温かさを受け取り、他方では熱が奪われる感覚を味わうことができるようになった。

1-2.実験システムによる実証

実験システムは図4に見るように、2つのペルチェ素子と電源、コンピュータによって構成された。制御プログラムが稼働するコンピュータのモニタ画面の例が図5だ。

図4 温熱通信実験システムの外観
図4 温熱通信実験システムの外観

資料提供:慶應大学

図5 温熱通信制御プログラムのモニタ画面例
図5 温熱通信制御プログラムのモニタ画面例

資料提供:慶應大学

図5の画面中のグラフは、上側が温度、下側が熱流の変化を示している。これは操作側(モニタ上のMasterにあたる)のペルチェ素子に指を置き、他方の遠隔地側(モニタ上のSlave)のペルチェ素子に比較的低温な金属ブロックを置いた場合の例だ。温度は若干の変化が起こってやがて双方が一致するようになるが、熱流のほうは急速な低下や上昇が見られたあと安定していく。この過程で、指先では温度と熱流の変化を敏感に捉え、「お、冷たくなってきた」という感覚のあと、「だんだん冷たさがわからなくなっていく」(金属ブロックが温まる)感覚を味わうことになる。熱エネルギーが奪われたあと徐々に平衡していく過程を、皮膚感覚で体験できる。
 このような経過をもっとわかりやすく示したのが図6だ。温度と熱流のグラフは全然違った形で変化している。こうした温度と熱流の変化によって、人間は実際にモノに触れているかのような温熱感覚を得ることができる。また触れたことによって生じる相互作用も、双方向での情報伝達ができるこのシステムで再現できるというわけだ。

図6 温熱感覚通信実験における温度変化(左)と熱流変化(右)
図6 温熱感覚通信実験における温度変化(左)と熱流変化(右)

資料提供:慶應大学

温熱感覚通信技術の課題とこれから

2-1.温熱感覚通信技術の課題

制御アルゴリズムが完成したので、応用のためには素子を含めたシステムの最適化をしていけばよい。現在はマイナス16℃からプラス50~60℃程度の温度範囲で正確な双方向伝送ができており、応用領域によってはこのままで十分に適用可能だろう。ただし問題は応答速度だ。筆者がシステムを介して遠隔地側の金属ブロックに「触れた」とき、最初は何も感じることができなかった。金属ブロックを乗せたあとひと呼吸置いて冷たさを感じた。この立ち上がりのタイムラグが、実は今後の課題なのだという。素子にモノを接触させてしばらくすればタイムラグがほとんどない状態になるものの、最初だけはどうしても応答が遅れてしまう。研究室ではこの部分の改善を急いでいるところだ。

2-2.部長のNGワードが分かる?今後の応用領域

応用領域としては、前述した遠隔医療のほか、例えば遠隔地にある機器のメンテナンスのために、現場の映像や音声をモニタで確認しながら、現場でロボットアームやハンドロボットを操作しつつ、周辺や部材などの温度を手元のデータグローブで感じ取るといった使い方が考えられている。またテレビショッピングで商品の温もりを感じられるようなサービスも提供可能になるかもしれない。他の五感情報と温熱感覚情報とを統合した「マルチモーダル」な感覚情報が利用できるようになるわけだ。もっと日常的な場面を想像すれば、本社にいる部長が営業所にいる部下を叱りつける際の熱量が、遠隔会議システムを通じて伝えられる時代がやってくるやもしれない。逆の立場で考えれば、遠隔地にいる部長の琴線に触れるNGワードだって温度変化によって見えてくることだってある。
 制御データは保存可能なので、あとからデータを検証・分析してさまざまな研究に役立てることも可能だ。また熱変化が小さくてもその変化量を強調して再現することもできるので、微小な温度変化でも敏感に捉えることが可能になる。  同研究室ではこの10月に開催されたCEATEC JAPAN 2013でシステムを出展したが、そこでは「温熱感覚とともに弾力感が伝送できる通信システム」が披露された。図7はその出展システムだ。操作側と遠隔地側に見立てた2台のアクチュエータの一方のつまみ部分(ペルチェ素子が貼付けてある)を指ではさむと、他方のアクチュエータのペルチェ素子で挟んだ物体の弾力が温熱感覚とともに伝わるという仕組みだ。触感に関連するモダリティの統合事例として、実現間近であることを印象づけた。

図7 温熱感覚と弾力感の同時伝送デモシステム
図7 温熱感覚と弾力感の同時伝送デモシステム

資料提供:慶應大学

こうした実証実験では2cm四方のペルチェ素子を利用したが、小さなものでは3mmレベルのコンパクトな製品もある。小さな素子をたくさん並べて面を作れば、応用領域の幅が広がる。柔軟性のあるベース上に配置すれば、屈曲できるユニットも製作可能だろう。人間の皮膚の温点・冷点(温かさや冷たさを感じる感覚器)は2mm四方に1個と言われているので、現状でもかなり正確に面での温熱感覚を通信できそうだ。
 「これまでバーチャルリアリティは何かの現象や環境をあくまでバーチャルに再現しようとしてきましたが、私たちはリアルなそのままを再現することに挑戦しています。臨場感、没入感の研究に、リアルな力覚と、温熱感覚を含む触覚の要素をつけ加えたいと思っています」(桂氏)。ともすれば冷たく乾いたイメージが持たれがちなITの世界に人の温もりを持ち込める、貴重な研究の今後におおいに期待したい。

取材協力 : 慶応義塾大学 桂研究室

掲載日:2014年1月29日

キーマンズネット

出典元:株式会社リクルート キーマンズネット 2013年12月4日 掲載分

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