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デジ・ステーション


5分でわかる最新キーワード解説
「粘菌型コンピューター」って何だ?

日々進歩するIT技術は、ともすると取り残されてしまいそうな勢いで進化の速度を高めています。そこでキーマンズネット編集部がお届けするのが「5分でわかる最新キーワード解説」。このコーナーを読めば、最新IT事情がスラスラ読み解けるようになることうけあい。忙しいアナタもサラっと読めてタメになる、そんなコーナーを目指します。今回のテーマは超並列コンピュータでも難しい不確実な条件ばかりの問題を高速に解決できる「粘菌型のナノコンピュータ」。粘菌の生態を情報処理に応用する研究が、このたびナノの世界の「見えない光(近接場光)」の研究と合体することで画期的な飛躍を遂げそうです。研究の先には、ネットワークの最適経路を「自分が変形して」見つけ出すルータのような、自律的に環境適応するハードウェアの実現まで見えてきました!

1.粘菌型コンピュータとは?

粘菌の生態を模倣した仕組みのコンピュータのこと。従来コンピュータが不得手としてきた「条件が不確定で常に変動する」状態での問題解決が効率化すると期待されている。

1-1.粘菌の情報処理ってどんなもの?

森林などの土壌に住む粘菌は、一定の形をとらない単細胞生物だ。その体は1つの細胞膜(細胞外質ゲル)の中で、無数の細胞核を含む原形質(細胞内ゾル)が常に振動・流動する特異な構造をとっている。この構造により、体の一部が何か危険な刺激を受けると全体が変形し、刺激を避けることができる。中枢神経=集中制御システムがないのに、刺激を受けた部分(単純な反応の仕組みだけを備えたサブシステム)の情報が全体に伝わり、合理的な退避行動(体全体の変形制御)ができるという、見事な自律分散制御の仕組みを備えている。

図1 粘菌
図1 粘菌

資料提供:理化学研究所

図2 局所への刺激が全体に伝わる
図2 局所への刺激が全体に伝わる

資料提供:理化学研究所

図2のように3方向に足を伸ばした形の粘菌があるとしよう。青い矢印の部位に刺激(粘菌が嫌う光の照射)を加えると、それを避けるように原形質が他の部位に流れ込み、全体の形を変える。これはたとえばゴム手袋に水を入れて端を締め、ある1本の指部分を握ると他の指部分が膨れ上がるのと似ている。体積は一定で、形が刺激に応じて変わるのだ。局部で生じた情報が全体に伝わり、最適な形になるための情報処理と制御が行われていることになる。
 この性質をコンピュータ科学の問題解決に応用できないかと考えたのが、東京工業大学の青野真士氏だ。青野氏は、2013年3月まで在籍していた理化学研究所・揺律機能研究チームの原正彦チームリーダー(東京工業大学教授兼務)のもとで、図3のような実験装置を作り、粘菌に光刺激を加えて動きを観察した。

図3 粘菌の行動原理の実験装置
図3 粘菌の行動原理の実験装置

資料提供:理化学研究所

図3上部右側の写真のような装置の中央に粘菌を置いておくと、何も刺激がなければ左側のように面積をひろげて同心円状に装置を覆い尽くす。その状態で装置に刻まれた特定の溝(レーン)をめがけて光を当てる。すると粘菌の足は退避行動をとって縮む。その変形に応じて光を当てるレーンを変えていくと、刺激される回数の少ないレーンに足を伸ばそうとする。これをくり返すうち、やがて最も刺激を受けるリスクが少ないレーンだけに足を伸ばすようになる。もちろん光の当て方で粘菌を恣意的に誘導しないよう光照射は調整されている。この実験により、刻々と変化する刺激の方向を粘菌が学習し、最も刺激リスクが少ないレーンを粘菌自身が効率よく選べることが証明できた。

1-2.粘菌による問題解決例:「巡回セールスマン問題」

粘菌の行動が問題解決に応用可能なことを実証するために、青野氏は「巡回セールスマン問題」の実験に取り組んだ。これはいくつかの都市と都市間の距離(または移動コスト)を設定して、すべての都市を必ず1回経由して出発地に戻るルートのうち、最も距離の短いルートを見つけるという、「組合せ最適化問題」だ。都市数が多くなればなるほど巡回ルートは指数関数的に増加して「組合せ爆発」が起こり、計算量が増えすぎて解決困難になる。これは現在のコンピュータが最も苦手とする領域だ。
 青野氏はレーンの数を増やした実験装置を使い、光の当て方を巡回セールスマン問題に適応するように設定して実験を行った。粘菌の足の伸び方を観察し、それを順番とルートに対応づけた。最大8都市までの実験にしたので最適解(最短ルート)は100、最不適解(最長ルート)は200だったが、粘菌は46.2分で133となるルートを導き出した(異なる個体による16回の実験の平均値)。これは相対的に「良い」結果と言える。しかも、都市数が増えるとルートの数は爆発的に増えるにもかかわらず、粘菌がルートを探すのにかかる時間は爆発せず、都市数に比例して(線形に)増加しただけだった。これは従来よりも経済的・効率的に解を探索できる可能性を示唆していた。

図4 巡回セールスマン問題の解を探索した粘菌
図4 巡回セールスマン問題の解を探索した粘菌

資料提供:理化学研究所

2.「近接場光」研究との出会いで新しい研究段階へ

2011年9月、この研究について青野氏らが講演を行った際、たまたまそこに居合わせたのが、情報通信研究機構でナノサイズの光と物質の相互作用を研究している成瀬誠氏だ。成瀬氏は講演を聴いて「これは近接場光と同じじゃないか」と膝を叩いた。同氏が研究している近接場光とは、極微の物質(1~50nmレベル)に光を当てると反射・散乱せずに薄い膜のように物質にまといつく、目には見えない光のことだ(「関連するキーワード」の項参照)。

2-1.粘菌の行動と近接場光によるエネルギー移動の類似

 ナノフォトニックデバイスで信号を処理するときには量子ドットと呼ばれるナノサイズの半導体微粒子が利用される。量子ドットが近接して存在するとき、ある量子ドットに光を入力すると、光エネルギーは近接場光を介して、エネルギーが低い隣の量子ドットへと移動する。複数の同じエネルギーの量子ドットがまわりにあれば、どの量子ドットにエネルギーが移動するかは決められず、確率論的に選ばれる。しかし、他の量子ドットに光を当てる(ステートフィリング/状態占有と呼ばれる操作)と、そのドット以外のドットにエネルギーが移動する(図5)。
 このふるまいは、光刺激に応じて変形する粘菌(図6)と似ている。粘菌の原形質の移動を光エネルギーの移動に置き換えれば、粘菌の行動の特徴はそっくりそのまま、近接場光を利用したナノデバイスで模倣できるのでは……成瀬氏はそうひらめいた。

図5 量子ドット間の光エネルギー移動のイメージ
図5 量子ドット間の光エネルギー移動のイメージ

資料提供:情報通信研究機構

図6 粘菌の光からの退避行動の実験
図6 粘菌の光からの退避行動の実験

資料提供:理化学研究所

近接場光なら、1時間に1cm程度しか移動しない粘菌の動きを、ピコ秒単位にまで高速化して模倣できる。共同研究によって粘菌の行動原理を利用したアルゴリズムと近接場光が主役を務めるナノアーキテクチャによる新型ナノコンピュータが構築できるのではないか。成瀬氏と青野氏らの出会いは、そんな希望を生んだ。異ジャンルの研究者による共同研究プロジェクトが、こうして始まることになった。

2-2.「多本腕バンディット問題」の解決:「知的ナノ構造体へ」

そして今年8月、粘菌の行動原理を模倣するナノシステムの新たなブレイクスルーが世界で初めて公表された。共同研究チームの一員、物質・材料研究機構の金成主氏(元・理化学研究所 揺律機能研究チーム 研究員)が研究する「多本腕バンディット問題」(「関連するキーワード」の項参照)を量子ドットと近接場光で解けることを示したのだ。
 これは「単位時間内に、最小の投資(コインの投入数)で最大の報酬を得るために、複数のスロットマシンのどれをプレイすればよいか」という戦略を探る問題だ。従来からこの問題解決のためのアルゴリズムがいくつか開発されてきた。ナノシステムが従来のアルゴリズムによる解法よりも優れた結果が出せれば成功だ。
 金氏は、スロットマシンの「当たり」を粘菌に対する光照射(つまり罰)に置き換えて考えた。粘菌は光照射が少ないほうへ足を伸ばすので、当たり確率によって粘菌の変形や移動の方向が変わる。スロットマシンが2台なら、これは綱引きのようなものだ。左右からの刺激に反応して粘菌がいったり来たりの移動を繰り返しながら、最終的には光照射確率の低いほうへと落ち着く。金氏はこれを「綱引きモデル(TOW/Tug Of War)」と呼んで定式化した。

近接場光を利用したナノシステムで世界最速を実証

このTOWモデルによって作成したのが実験用のナノシステムだ。これは3種類の大きさの量子ドットを用意し、光入力とステートフィリングをうまく使ってあたかも2台のスロットマシンが左右にあるような環境をナノシステム上に構成、プレイして「当たり」がでたら報酬にあたる光の強度調整を行うという仕組み。粘菌が左右に移動してより報酬を得やすい方向を探索する行動を模倣した。
 この実証システムでの結果を図7に示す。粘菌の平均正解率(全プレイ回数のうち最大報酬確率のマシンを選んだ回数の割合に対応)を調べると、これまで最速と言われていたアルゴリズム(SoftMax)よりも優れた結果となった。スロットマシンの当たり確率(PA, PB)を図6下のように突然変更しても、すぐに従来のアルゴリズム以上の正解率に戻ることもわかった。

図7 世界最速アルゴリズムを上回る結果を実証
図7 世界最速アルゴリズムを上回る結果を実証

資料提供:物質・材料研究機構

2-3.粘菌型コンピュータと近接場光研究の今後

この実験は、量子ドット間の近接場光を介した光エネルギー移動を用いて、不確定な条件の中でも高効率に意思決定できることを世界に示した。
 絶えず変動する条件の中で最小コストで最大の報酬を得る選択肢を選ぶニーズはさまざまな分野に存在する。たとえば囲碁などのゲームや最適通信経路を選ぶコグニティブ無線通信、大規模で複雑なネットワークの最適ルーティング、多数の思惑で市場が揺れ動く金融工学、Web広告の最適化などだ。それぞれの分野の問題を効率的に解決できれば、社会的にも産業的にも大きな貢献につながる。
 しかも、近接場光によるエネルギー移動でビット反転を行うときに必要なエネルギーは、電子デバイスの1万分の1にすぎない。またナノスケールの技術なので従来デバイスよりもはるかにコンパクトにできる。超低消費電力で省スペースな知的デバイスが実現しそうだ。
 また近接場光を用いるデバイスは、環境の変化に応じて機能をナノレベルで変化させることができる。外部から操作しなくても自律的、分散的な環境適応能力をもつはずだ。これは従来のコンピュータのイメージとはかけ離れたものになる。研究チームはこれを「知的ナノ構造体」と呼んでいる。ゆくゆくは、たとえばネットワークの分岐点に適用して、最適なネットワーク経路に接続するよう自分自身を変化させる、これまでにない超高効率・超低消費電力のルータができるかもしれない。その他、いくつもの応用の道が考えられており、研究開発がまさに今、進められている状況だ。
 なお共同研究チームは前出の4氏および東京大学の大津元一氏が参加している。近接場光という新しい道具を手に入れたことにより、粘菌型コンピュータ研究は新しい段階に入った。数年後に、これらの研究を集約した初めてのデバイスが開発される予定だ。

取材協力 :
東京工業大学 地球生命研究所 青野真士
情報通信研究機構 ネットワーク研究所 成瀬誠
物質・材料研究機構 国際ナノアーキテクトニクス研究拠点 金成主

掲載日:2013年12月11日

キーマンズネット

出典元:株式会社リクルート キーマンズネット 2013年10月16日掲載分

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