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デジ・ステーション


5分でわかる最新キーワード解説
「情報をエネルギーに変換する技術」とは

日々進歩するIT技術は、ともすると取り残されてしまいそうな勢いで進化の速度を高めています。そこでキーマンズネット編集部がお届けするのが「5分でわかる最新キーワード解説」。このコーナーを読めば、最新IT事情がスラスラ読み解けるようになることうけあい。忙しいアナタもサラっと読めてタメになる、そんなコーナーを目指します。  今回のテーマ「情報をエネルギーに変換する技術」は、物理学において「マクスウェルの悪魔」として知られてきた不思議な現象を、世界で初めて実現したもの。ナノマシンや生体における分子レベルでの運動を設計、解析する上での一大イノベーションとして全世界から注目を集めています!

1.情報をエネルギーに変換する技術とは?

中央大学と東京大学は、2010年11月14日、世界で初めて情報をエネルギーに変換する実験に成功した。この実験は、電磁気学、熱力学、統計力学の構築に大きな役割を果たした19世紀最高の物理学者のひとり、ジェームズ・マクスウェルが提唱した物理学上の一種のパラドックス(論理的に矛盾した命題)の1つ、「マクスウェルの悪魔」という現象を実現するものである。かつては物理学の思考実験に過ぎなかった「マクスウェルの悪魔」の実現は、微細加工技術とサブミクロンスケールのリアルタイム制御システムを組み合わせることで成功したものである。

1-1 永久機関と「マクスウェルの悪魔」
図1 マクスウェルの悪魔、概念図
図1 マクスウェルの悪魔、概念図

悪魔が扉を開閉して、左右の部屋の温度をコントロールする

資料提供:中央大学理工学部

 「マクスウェルの悪魔」とは、図1のように2つの部屋の間の扉を開閉し、速度の速い(温度の高い)空気分子を右に、速度の遅い(温度の低い)空気分子を左に、と選別を行うことで、左右の部屋に温度差をつくりだす存在である。

 扉はきわめて軽く動き、開閉にエネルギーが必要ない場合、外からエネルギーをもらうことなく、左右の部屋に温度差を生み出すことができることになる。温度差が生み出されれば、ちょうど車のエンジンが燃焼による熱によって、大気圧を上回る圧力を得て、ピストンを押し、回転力に変換しているのと同じ理屈で、ピストン(右の図で例えれば中央の仕切りに該当)などの仕組みで、動力(物理学の言葉で、仕事や自由エネルギー)を取り出すことができる。

 この現象は熱力学第二法則を破って、永久機関の一種を実現するように見えるため、物理学上のパラドックスの1つとして多くの議論を呼んできた。


1-2 「マクスウェルの悪魔」は熱力学第二法則を破らない

20世紀以降、熱力学は発展し、「マクスウェルの悪魔」そのものを実在する物理現象として理論化することにも成功している。今日では「マクスウェルの悪魔」とは、観測で得た情報に基づいて制御することで、情報をエネルギー(動力、仕事、自由エネルギー)に変換するデバイスであると理解されるようになっている。

図2 熱力学第二法則との整合性
図2 熱力学第二法則との整合性

情報処理に投入したエネルギーと、とり出されるエネルギーで収支が合う

資料提供:中央大学理工学部


情報処理に必要なエネルギーの原理的限界を明らかにし、「マクスウェルの悪魔」が得た情報を"処理"するために投入せざるを得ないエネルギー量を計算可能にすることで、一見パラドックスに見えてきたこの現象を、熱力学の法則に沿ったものとして理論化するのが、今回の実験の理論的なバックグラウンドとなった学問領域「情報熱力学」である。

情報熱力学は、熱力学第二法則を拡張して、情報量とエネルギーを対等な量として一般化することにすでに成功しており、理論の実証実験が待たれていた。


2.「マクスウェルの悪魔」を実現した実験

情報熱力学の理論は確立されつつあるものの、「マクスウェルの悪魔」を実現した実験結果はかつてなかった。実験の前提条件として、空気や水の分子運動(熱運動)によってブラウン運動と呼ばれるランダムな運動(熱揺らぎ)を起こす小さな粒子についての制御が必須であり、精度と速度の両方に高いハードルがあったためである。

今回の実験は、連結された2個の微小なプラスチック製のボールが、水中で熱揺らぎによってランダムに回転運動する様子を、生物物理学の研究で用いられてきた装置を用いて、観察しフィードバック制御するものである(図3)。

図3 実験で観察したボール
図3 実験で観察したボール

連結された2個の微小なボールが熱揺らぎでランダムに回転する
1MHzの交流電圧を四方の電極に位相差90度ずつずらして掛ける

資料提供:中央大学理工学部


粒子の四方に配置した電極に、高周波の電圧をかけることで、粒子自体も帯電(一種の静電気を帯びた状態、分極)し、粒子自体には直接力は加えないものの、粒子の居やすい角度を制御することができる。

図4 ポテンシャルエネルギー
図4 ポテンシャルエネルギー

ポテンシャルエネルギーとは、位置エネルギーにおける"高さ"と似たもの

資料提供:中央大学理工学部


上のグラフの青と赤の曲線は、2種類の制御の状態を表している。青には、0°、180°、360°に、赤には-90°、90°、270°、450°に、それぞれ存在しやすい(ポテンシャルエネルギーの低い)角度があることを示している。存在のしやすさ、とは机の上のくぼみにボールが転がり込みやすいのと似た状態であり、全体としてグラフが右肩上がりになっていることから、マイナスの角度(グラフの左方向)へと回転していきやすいことも分かる。

図5 情報による制御
図5 情報による制御

資料提供:中央大学理工学部


この赤と青の状態は、電気的に作っているので、瞬時に切り替えることができ、粒子が上の図の領域Sにいる瞬間に、赤と青を切り替えることで、粒子をグラフの右側へと導くことが可能になる。
 グラフにおける縦軸、ポテンシャルエネルギーを、"高さ"に例えるなら、この実験における粒子は、サインカーブが螺旋階段状に連なった場所を、熱揺らぎでランダムに跳ねているボールになぞらえることが可能である。
 放置すれば、徐々にボールは階段を降りていってしまうが、ステップの波打ちをタイミングよくスイッチングすることで、逆に登らせることができるのだ。一般に螺旋階段を登っていけば位置エネルギーが蓄積され、そのエネルギーを使って発電や物体の駆動を行うことができる。
 実際の実験では、あくまで蓄積されるのは電気的なエネルギーなので、熱揺らぎする粒子の状態を観察し、得た情報にもとづいてフィードバック制御することで、周囲の熱を吸収し、極微小な量ではあるが発電を行なっていると解釈することができる。

図6 勾配にさからって登らせることに成功
図6 勾配にさからって登らせることに成功

観測から切り替えまでのタイムラグが短いほど効率が上がる

資料提供:中央大学理工学部


粒子の角度の観測からステップ切り替えまでのタイムラグは、制御の効率と密接な関係がある。理想的には、タイムラグはゼロ秒が望ましいが、実際には最短でも1ミリセコンド程度の遅れがある。これが9ミリセコンド程度まで遅れると、螺旋階段を降りる動きと登る動きが確率的につり合って、粒子は回転を止めてしまう。

図7 エネルギーの収支
図7 エネルギーの収支

実際には細かなエネルギーのやり取りがある

資料提供:中央大学理工学部


この制御の遅れは、制御の精度そのものと捉えることができ、制御精度が下がると粒子に直接エネルギーを与えてしまう瞬間も出てくる。逆に制御精度が十分高ければ、粒子は周囲の熱(熱運動)を吸収して実験系にエネルギーを与え続ける。もちろん、制御を一切行わない場合には、当然のことながらエネルギーのやり取りは発生しない。
 こうしたエネルギーのやり取りはスイッチングの各回において発生しており、このエネルギー収支についても観測に用いた映像から精密に計算した上で、今回の実験においては、情報をエネルギーへと最大効率30%で変換することに成功したことがわかった。

3.ナノマシンの制御や生体運動の解析に向けて

今回の実験を通じて、あらゆる情報をエネルギーへと自由に変換できる可能性が開かれたと考えるのは早計である。情報熱力学によって理論化された情報とエネルギーの間の物理的相関は科学的な真実だが、少なくとも本実験でエネルギーへと変換できたのは、粒子の熱揺らぎを観察して得た情報に限定されている。本や雑誌、CDやDVDに記録された情報がそのままエネルギーへと変換できるわけではない。実験において実行された観測とコンピュータによる情報処理は、理論上の最小値よりも天文学的に多くのエネルギーを用いて実行されているため、エネルギー収支はまったくのマイナスであり、将来に渡って情報をエネルギー源として利用できる可能性はゼロに等しい。

しかしながら、情報を用いたミクロな物体の制御には、ナノマシンをはじめとする実用的なテクノロジーにおいて、多大な貢献の可能性が秘められている。一例として、情報による微小物体の駆動は、周囲の熱運動を吸収して行われる点が挙げられるだろう。

通常の駆動方法では、運動と同時に周囲を加熱するが、情報による熱揺らぎ駆動では、運動と同時に周囲を冷却していくため、熱による影響を最小限にしたい状態では最善の駆動技術なのだ。また、人体をはじめとする生物の機能は、細胞とその内部の分子によって実現されており、いわばナノマシンの集合体である。筋肉の収縮のようなダイナミックな運動も、ミオシンやアクチンといった高分子(タンパク質)の働きによるものであり、こうした生体の運動は分子レベルの熱揺らぎと深い関係があるとも考えられている。さらに学問的レベルにおいても、これまで観測を通じた情報と物理法則との関係は、量子力学における「シュレディンガーの猫」などの問題として知られてきたが、古典的な力学に基づいた熱力学の研究からも情報自体のもつ物理量が理論化され、実証されつつあることは、科学のみならず、哲学的にもきわめて興味深い。

今回の実験成果は、テクノロジーとしての有益さもさることながら、最先端の物理学における理論構築と実証を、高度な微小物体制御技術を巧みに応用して実現したという点において、世界的にも類を見ない成功例であり、技術立国日本の底力を証明する、非常によろこばしいものだといえるだろう。

取材協力 : 中央大学理工学部物理学科、東京大学理学系研究科

掲載日:2011年3月23日

キーマンズネット

出典元:株式会社リクルート キーマンズネット 2011年2月16日掲載分

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