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デジ・ステーション


5分でわかる最新キーワード解説
「カオスコンピュータ」ってなんだ?!

日々進歩するIT技術は、ともすると取り残されてしまいそうな勢いで進化の速度を高めています。そこでキーマンズネット編集部がお届けするのが「5分でわかる最新キーワード解説」。このコーナーを読めば、最新IT事情がスラスラ読み解けるようになることうけあい。忙しいアナタもサラっと読めてタメになる、そんなコーナーを目指します。今回のテーマ「カオスコンピュータ」は、現在のデジタル情報技術とはまったくコンセプトを異にする、アナログ回路で人間の脳を再現するコンピュータ。脳のなかに発見されたカオスの力で、従来のITでは不可能だった問題を解決できるかもしれません!

1.カオスコンピュータは脳の研究から生まれた

現在普及しているコンピュータはすべて、アラン・チューリングやフォン・ノイマンといった計算機工学の先駆的研究者たちが作り出したノイマン型のアーキテクチャで、人間の脳の思考方法の一部を単純化し、数学モデルとして取り出したものである。大成功をおさめたノイマン型コンピュータだが、曖昧な問題や正確な答えのない問題、計算量が爆発的に増えてしまう問題など、実は不得意分野も少なからず存在している。
 このようなノイマン型コンピュータに対して、東京大学で数理工学、カオス工学を研究する合原一幸教授の取り組むカオスコンピュータは、思考パターンをモデル化するのではなく、実際の脳神経細胞の働きをハードウェアで再現することで、脳と同じような機能を作り出そうというコンピュータである。
 脳のニューロン(神経細胞)の振る舞いの数理工学的研究を行っていた合原教授は、そこに数学的なカオスが存在していることを突き止めた。カオスとは、初期値のほんのわずかな違いが、予測できないほど複雑な結果を起こす現象のこと。例えば、振り子の軌跡は単純だが、振り子の先にさらに振り子をつないだ二重振り子になると、その運動はとたんに複雑なものとなる。「ブラジルでの蝶の羽ばたきが、テキサスにトルネードを引き起こす」という「バタフライエフェクト」も、カオスを説明する際によく用いられる言葉として、ご存知の方も多いだろう。

図1

合原教授と堀尾教授の共同開発したカオスニューロコンピュータ。
  100個のニューロンが1万のシナプスでネットワークされている。
  同じニューロチップを用いて、最大で1万個のニューロンと一億個のシナプスからなるカオスニューラルシステムを構築可能である。

資料提供:東京大学生産技術研究所 合原研究室

ニューロンのカオス的な働きを発見し数理モデル化した合原教授は、そのカオス的な振る舞いが、どのように脳の情報処理を実現しているのかより深く理解するため、東京電機大学の堀尾喜彦教授と協力して、ニューロンのカオス的働きを電気的に再現するチップの開発に取り組んだ。その成果が1つのチップに5つのニューロンを搭載するIC「カオスニューロチップ」である。このニューロチップを20個搭載し、100個のニューロンを1万個のシナプスでネットワークさせたカオスコンピュータは、すでに既存のコンピュータが不得手とする「巡回セールスマン問題」や「動物園問題」などの「二次割り当て問題」を、高速に解決することに成功している。

2.キーワードは、アナログ、実数、超並列

実は、脳の情報処理の基本単位であるニューロンを、数学的にモデル化し、ネットワーク化したニューロンのシミュレーションを行う研究自体は珍しいものではない。合原教授のカオスコンピュータの重要なポイントは、デジタルによるシミュレーションではなくアナログ回路でニューロンを物理的に再現しているところにある。「デジタル回路は有限桁の数しか取り扱うことができないので、事実上無限の桁数を持つ『実数』については近似でしか計算できない。実数の複雑さがカオスの原動力である以上、デジタル回路では本物のカオスを十分に利用することは不可能に近い」と合原教授の語るとおり、現在のデジタルコンピュータでは到達できない「まったく新しい情報処理パワー」をカオスから引き出すには、既存の計算機のアーキテクチャには頼ることができないのだ。
 また、現在のコンピュータは、CPUやFSBのクロックを性能の1指標としていることを見ればわかるように、全処理をクロックに従って逐次的に処理させる設計となっている。これに対して、カオスコンピュータのアーキテクチャは脳の再現を出発点としているため、複数のニューロチップが超並列的に動作して、高度な並列分散処理を行うことになる。現行コンピュータのプログラムの逐次実行にともなって発生するオーバーヘッドが、カオスコンピュータには原理的に存在しないのだ。

3.動物園問題、巡回セールスマン問題とは?

実際にカオスコンピュータが得意とし、既存コンピュータが不得手な問題の代表が、「二次割り当て問題」という問題である。これは「NP困難問題」と呼ばれる数学上の難問とも関連する問題だが、その内容自体は非常にわかりやすい。以下に紹介するのは、その典型のひとつ「動物園問題」である。

図2

資料提供:東京大学生産技術研究所 合原研究室

10ヵ所の檻に10種類の動物を割り当てるのだが、相性のなるべく良いもの同士が近くなるように組み合わせを考えるのが問題の目的。割り当てパターンはたったの10種類の動物に対してさえ360万通り以上あり、人間にとっても理想の組み合わせに到達するのは難しい問題なのだが、カオスコンピュータはわずか数秒でこの問題の解答を見つけ出すことができる。ただし、カオスの不確定性を利用したシステムなため、必ずしも唯一の最適解にたどり着くとは限らない。100点満点は最初から目的としないかわりに、90点以上に短時間で到達することができるのである。こうしたゆらぎを内包したシステムである点も、人間の脳を模したアーキテクチャならではの興味深いポイントだ。
 10種類の動物で360万通りならば、今のコンピュータの処理能力でもしらみつぶしの計算で1秒もかからない、とお考えの方も少なくないだろう。しかしこの問題、種類数の階乗でパターンが増えていくため、例えば動物の種類が30に増えると、パターン数は10の32乗(1兆×1兆×1億)以上へと爆発的に増加してしまう。これでは既存のコンピュータでは数億年かけても計算が終わらないのだ。
 これとよく似た「巡回セールスマン問題」は、セールスマンが複数のビルを1回ずつ訪問したいときに、どの順序で回るのが最短距離かという問題。この問題も訪問するビルの数が増えると、天文学的なパターン数となって、しらみつぶしでは既存のコンピュータの演算限界を軽く超えてしまう。こうした従来のノイマン型コンピュータでは困難な問題に、人間の脳と同じように「直感的」に取り組み、高速で解くことができるのがカオスコンピュータなのである。

4.カオスコンピュータの活躍する社会へ

巡回セールスマン問題のようなケースは、「30のコンビニを回る配送車の道順」など、実社会でもさまざまな場面で登場する。カオスコンピュータは、既存のコンピュータでは困難とされるこうした問題を、極めて高速に解決できる可能性を秘めている。こうした情報処理はこれまではプロフェッショナルの「勘」や「経験」に頼るほかなかった領域。また、カオスと深い関連のある気象の予測なども、現在のシミュレーションではスーパーコンピュータを用いても予測できるのは2週間が限度とされるが、カオスコンピュータの「直感的」な情報処理パワーを用いればブレイクスルーを起こす可能性も考えられる。
 実社会における幅広い活用が期待できるカオスコンピュータだが、その開発には、課題も少なからず存在する。既存のITはほとんどすべて、デジタル回路の上に成り立つ技術だが、カオスコンピュータには高度なアナログ回路技術が必要となる。社会全体がデジタル化の方向で進んできただけに、アナログ回路技術者の数は多くなく、人材の確保と育成が必要となる。またキーボードやマウス、ディスプレイなどのインターフェースはノイマン型コンピュータ用に進化してきたが、カオスコンピュータを使いこなすためのインターフェースは未知の領域である。手続き型のプログラムを用いず、学習とフィードバックで動作するまったく新しいシステムなので、これを取り扱うシステムエンジニアは、既存のIT技術における知識と経験を、一旦リセットせざるを得ないだろう。
 革新的ゆえに課題も多いカオスコンピュータだが、その出発点が脳であるだけに、人工頭脳の実現を含めて将来に大きな夢を見せてくれるテクノロジーである。またカオスコンピュータの研究は、情報処理技術の開発であるのと同時に、人間の脳の仕組みを解明するための重要な実験という側面も持っている。脳をボトムアップで再現する基礎研究であるのと同時に、産業的な価値も大いに期待されるカオスコンピュータは、今後も大いに注目を集める技術となるのではないだろうか。



 ■参考文献:合原一幸 編著

 「脳はここまで解明された 内なる宇宙の神秘に挑む」

 「社会を変える驚きの数学」

 共にウェッジ株式会社よりウェッジ選書として刊行

取材協力 :東京大学生産技術研究所 合原研究室

掲載日:2009年3月25日

キーマンズネット

出典元:株式会社リクルート キーマンズネット 2008年7月16日掲載分

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